ソクラテスの哲学がどのようなものだったかを踏まえ、ソクラテス的論駁と呼ばれる論法を実例を挙げて問題を述べる。
ソクラテスによれば、人の持つ様々な信念の関係を網の目に喩えるとすると、信念の網の目の全体はその当人にとってもはじめから透明に見通せるものではない。対話による吟味によって、その網の目の全体の様子が徐々に明らかとなっていく。そして、実はその気づかない信念が、信念の網の目の中心的な部分、つまり自分の他の多くの信念を支えており放棄できない。基礎的部分に潜在しているということ(基礎的信念)である。すなわち真であるが故に、「何人も反駁できない」とソクラテスは診断する。ソクラテスが真理として追求し提示するのは、このような基礎的信念であり、それによって支えられている人の真の姿である。ソクラテスが様々な徳(アレテー)の本質を探究する上で、他者との対話・問答(ディアロゴス)を行って、相手の主張を吟味し検討する際の独特な探究の技法を反駁・論駁(エレンコス)と呼ぶ。ソクラテスはそうしたエレンコスを徹底的に鍛え上げて対話を行っている。ソクラテスの至上命題である「汝自らを知れ」で自分の心の限界を知るこ...