本稿が迫るのは、奴隷解放後の南部社会の実態である。
研究書を読むだけではこれらの問いに近づくことはできない。ゆえに本稿では、より史料に則した視点から奴隷解放後の社会を見つめてみたい。
使用する史料は、奴隷解放後の社会を生きたとある南部黒人が記した書物である。法的平等と実質的平等の間に大きな溝が存在していた南北戦争後のアメリカ南部。彼は、奴隷解放後の南部社会をどのように見ていたのであろうか。
ウィズリー・ジョン・ゲインズ(Wesley John Gaines)が見た奴隷解放
1.序論
1863 年 1 月 1 日は、アメリカ合衆国の黒人奴隷たちにとって決して忘れることのできな
い日となった。第 16 代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカンによって、「奴隷解
放宣言」が発布されたのだ。この日以降、黒人奴隷解放の動きはアメリカ全土に広がり、同
年 12 月に批准された「アメリカ合衆国憲法修正第 13 条」により、合衆国は奴隷制を永久
的に廃止した。
奴隷解放の端緒となった奴隷解放宣言はアメリカ民主主義の記念碑的存在として後世に
語り継がれ、リンカンは奴隷解放の父として歴史にその名を刻むことになった。
アメリカの歴史において、奴隷制廃止や制限に関わる宣言や法令は幾度となく出されて
いる。ヴァーモント州は他の州に先立ち 1777 年に奴隷解放の宣言をしているし、1808 年
にはアメリカ合衆国が公式的に奴隷貿易禁止を宣言した。
かつてイギリスの植民地であったアメリカの地に奴隷制が誕生したのが 17 世紀初頭。以
後、奴隷制廃止へ向けた闘争は絶え間なく続く。その結晶が奴隷解放...