ミシェル・フーコーによる生命政治批判と「自己陶冶」の思想を考えて行く上でまとめたメモを兼ねています。とくに、歴史研究を中心にとらえられがちなフーコーの思想について、ニーチェ以降の哲学として考えて行く必要があるとの立場で書いたものです。
ミ シ ェ ル ・ フ ー コ ー は 、 狂 気 、 臨 床 医 学 、 監 獄 制 度 、 セ ク シ ュ ア
リ テ ィ な ど を も と に 、 近 代 以 降 の 権 力 統 治 と 、 そ れ に 対 す る 人 々 の
受 容 に つ い て 明 ら か に し た 。 と く に 「 微 小 な 権 力 装 置 」 や 「 生 命 政
治 ( biopolitique ) 」 は 、 現 代 の 社 会 状 況 を 読 み 解 く 上 で 、 い ぜ ん
有 効 で あ る 。
こ の こ と は 、 支 配 の 様 式 だ け で な く 、 現 代 の 私 た ち の 「 生 」 を め
ぐ る あ り 方 に つ い て も 、 深 く 関 わ っ て い る 。 晩 年 、 フ ー コ ー が 古 代
ギ リ シ ア や ロ ー マ の 思 想 、 と り わ け プ ラ ト ン や ス ト ア 派 の 思 想 を お
と に 「 自 己 の 陶 冶 」 に つ い て の 探 究 を 行 っ た こ と に は 、 そ う ...