芥川龍之介の『鼻』を読み、出典と比較して論ぜよ。
芥川龍之介の『鼻』は、『今昔物語』巻二十八「池尾禅珍内供鼻語第二十」と『宇治拾遺物語』巻二「鼻長僧の事」を典拠として書かれたと考えられる。それは、この作品が大正五年二月の「新思潮」創刊号に掲載されたとき、創刊号のあとがきに「禅智内供は、禅珍内供とも云はれてゐる、出所は今昔(宇治拾遺にもある)である。しかしこの小説の中にある事実がそのまゝ出てゐるわけではない」と記されていることから確かである。では、どういった点で「事実がそのまゝ出てゐるわけではない」のか。それは、原典にはない、主人公の心理描写を詳細に描き出している点である。芥川は古典作品としての『今昔物語』『宇治拾遺物語』を参考とし、そこで描かれた世界を近代的解釈に特徴的な丹念な心理描写により、近代に蘇らせたのだ。
直接的な関連性は見いだせないが、ニカライ・ゴーゴリの『鼻』も芥川に影響を与えていのではないかと推測される。二つの物語の結末として、主人公の鼻が元に戻り、そのことに主人公が満足しているという点が共通している。もちろん、異なる点が多すぎるため、偶然の一致とも考えられる。しかし、...