宇宙で最も身近な星
私たちの「太陽」
「宇宙の○人」連載のトリは太陽です。私たちに最も近い恒星,私たち地球人や地球上生命をはぐくんできた母なる星です。太陽は,宇宙に存在する星々の中でもごくありふれた主系列星です。いわば,宇宙の「凡人」と言ってよいでしょう。しかし,地球に住む私たちにとって,学問対象としても実生活においても,さまざまな視点から非常に重要な恒星です。 天文学では,基準として太陽のパラメータ(重さなど)が用いられます。至近距離にある太陽は,表面の様子を詳しく知ることができる唯一の恒星です。いろいろな手法を用いて表面大気の姿を調べることによって,大気の構造やダイナミックスを物理的に理解し,またそこで働くプラズマ―磁場を鍵とした物理過程の詳細について知識を得ることができます。あまり知られていませんが,太陽は時とともに変化しています。太陽からのエネルギーの変動は,磁気嵐や衛星通信障害から長期的な気候変動に至るまで幅広い影響を及ぼしていると考えられ,太陽と地球のシステムを総合的に確実に理解することが急がれています。 近代的な太陽観測は,17世紀初頭のガリレオ・ガリレイによる手製の望遠鏡を用いた太陽表面の観察から始まります。太陽表面には黒いシミ(黒点のこと,図1)があり,シミが時間とともに移動していく(太陽の自転)といった基礎的なことが観測的に認知されました。それから約400年たった今日では,人工衛星を用いた観測研究が重要となっています。地球大気に邪魔されて見えない波長の光を見たり,大気の揺らぎに邪魔されずに細かな構造を見たりするためです。宇宙からの観測は,特に太陽表面の外側に存在する「コロナ」観測に威力を発揮します。コロナ大気の温度は100万度を超え,ガスは電離気体であるプラズマの状態です。コロナではフレア(太陽面爆発)と呼ばれる短時間に爆発的にエネルギーを開放する現象が発生します。高温のコロナが放射する電磁波の大部分は,数百オングストローム以下の紫外線と,さらに波長の短い軟X線領域にある無数の輝線です。これらの電磁波は大気の吸収により地上からの観測が困難であるため,大気圏外からの観測が大変有効なのです。
図1 可視光で見た太陽表面。黒点が黒いシミとして観測される。黒点は磁力線が集中している磁場領域である。
1960年代に軟X線結像観測法が観測ロケットで実証されると,1973年には有人衛星天文台スカイラブ(米国)に軟X線や紫外線で太陽画像を取得するための望遠鏡が数台搭載され,コロナ画像が多数撮影されました。コロナループやコロナホールといったコロナ構造を知り,太陽表面から延びたコロナ磁場の一部が熱化されたプラズマで満たされていること(コロナ加熱)を知りました。1980年代には,フレアの発生原因の解明に多くの研究者の力が注がれます。「ひのとり」衛星や米国「SMM」衛星による硬X線観測です。フレアが発生すると,高いエネルギーまで加速された荷電粒子が発生し,またコロナ内に数千万度に熱化されたプラズマが非常に短い時間で生成されます。コロナ磁場に蓄えられた磁気エネルギーが効率よく熱や運動エネルギーに変換される物理についての研究の始まりです。
図2 軟X線で見た太陽。約6000度の温度をもつ太陽表面が黒い物体として見え,その周辺にコロナと呼ばれる100万度以上の高温プラズマが存在する。「ようこう」の軟X線望遠鏡による撮像。
そして,科学衛星「ようこう」が1991年に打ち上げられ,フレアの研究に加え,スカイラブ以降観測されていなかったコロナ撮像観測(図2)が復活しました。打上げから10年以上にわたりコロナのダイナミックな様相について観測を続け,コロナでのプラズマ素過程の理解に大きな進展をもたらしました。「ようこう」による軟X線コロナ 撮像観測は新しい学問的切り口を与え,諸外国で太陽を観測する人工衛星がいくつも誕生しました。欧米による「SOHO」衛星(1995年打上げ),「TRACE」(1998年打上げ),「RHESSI」(2002年打上げ)などです。米国の気象衛星「ゴーズ」には軟X線コロナを常時モニターするために軟X線望遠鏡が搭載され,常に太陽コロナ活動が監視されています。そして,打上げ迫る「SOLAR-B」衛星は,太陽コロナで起こるさまざまな爆発現象や加熱現象を太陽表面磁場情報とともに観測し,宇宙プラズマの素過程やコロナ加熱などの解明に期待がかかっています。
(ISASニュース 2006年07月 No.304掲載)
資料提供先→ http://www.isas.jaxa.jp/j/column/famous/20.shtml