気候安全保障(Climate Security)
に関する報告
平成19年5月
中央環境審議会地球環境部会
気候変動に関する国際戦略専門委員会
気候安全保障(Climate Security)に関する報告
目 次
要約 1
本文 7
1. 検討の背景 9
2. 気候変動の影響 13
3. 気候安全保障の考え方 16
(1)安全保障の概念の広がり 16
(2)気候安全保障の考え方 17
4.気候安全保障の下での国際的な気候変動政策 21
5.おわりに 24
(別添1)専門委員会委員名簿 25
(別添2)審議経緯 26
参考資料 27
1. グレンイーグルズ・プロセスの概要と気候変動に関する最近の動き 29
2. バイデン・ルーガー決議案 3 1
3. アナン元国連事務総長のステートメント概要 3 5
4. 国連安全保障理事会での気候変動と安全保障に関する議論概要 3 7
5. IPCC第四次報告書の概要 3 8
6. スターン・レビュー概要 4 5
1
気候安全保障(Climate Security)に関する報告
(要 約)
2
3
要約
本専門委員会は、「気候安全保障」が今後の気候変動政策における主導的な概
念となる可能性があると認識し、この概念を日本として、どのように今後の気
候変動政策推進に生かしていくべきかについて検討した。
[国際社会における気候安全保障論議]
現在、国連気候変動枠組条約では、2013 年以降の次期枠組の議論が活発化し
ているが、各国の主張が対立し、交渉に入れないでいる。2005 年の G8 英国グ
レンイーグルズサミットで気候変動を主要議題としたイギリスは、最近、気候
変動問題を広い意味での安全保障の問題と認識し、国際社会において気候変動
問題を「気候安全保障」(Climate Security)として取り上げる姿勢を示してい
る。アメリカでも、バイデン・ルーガー決議案等において、気候変動が国家安
全保障に影響を与えるものであるとする見解が示されている。国連においても、
2007 年 4 月 17 日に国連安全保障理事会で初めて気候変動問題をめぐる議論が
行われた。
[加速する気候変動]
IPCC 第四次評価報告書は、進行中の気候変動が人為的原因によるものである
可能性が非常に高いこと、気候変動の速度が加速していること、全世界的にす
でに気候変動影響が生じていること、今後水資源、生態系、食糧、沿岸域など
様々な分野で影響が深刻化することを示した。また、スターン・レビューは、
気候変動対策をとらない場合の損失額は少なくとも世界のGDPの5%、最悪
の場合20%以上に達する可能性があり、気候変動の影響は 20 世紀に経験した
2 度の世界大戦や世界大恐慌に匹敵するもので、早期の対策が必要と結論づけて
いる。
[安全保障の概念の変化]
安全保障の概念は、軍事的な安全保障から、より幅広い安全保障へと近年広
がっている。つまり、安全保障の「脅威」が国家への脅威から、国際社会に対
する脅威へ、「守るべき価値」が国家の領土保全から人間の安全や福祉の向上へ
と広がっている。気候変動による影響を安全保障上の「脅威」と認めるかどう
かは、気候変動による影響の質と程度による。IPCC 第四次評価報告書等によれ
ば、気候変動は既に、人間の生命・健康や人間活動の基盤である生態系に脅威
となる影響を及ぼしている。早期に適切な対策を講じなければ、その脅威は更
に大きくなり、干ばつや水
気候安全保障(Climate Security)
に関する報告
平成19年5月
中央環境審議会地球環境部会
気候変動に関する国際戦略専門委員会
気候安全保障(Climate Security)に関する報告
目 次
要約 1
本文 7
1. 検討の背景 9
2. 気候変動の影響 13
3. 気候安全保障の考え方 16
(1)安全保障の概念の広がり 16
(2)気候安全保障の考え方 17
4.気候安全保障の下での国際的な気候変動政策 21
5.おわりに 24
(別添1)専門委員会委員名簿 25
(別添2)審議経緯 26
参考資料 27
1. グレンイーグルズ・プロセスの概要と気候変動に関する最近の動き 29
2. バイデン・ルーガー決議案 3 1
3. アナン元国連事務総長のステートメント概要 3 5
4. 国連安全保障理事会での気候変動と安全保障に関する議論概要 3 7
5. IPCC第四次報告書の概要 3 8
6. スターン・レビュー概要 4 5
1
気候安全保障(Climate Security)に関する報告
(要 約)
2
3
要約
本専門委員会は、「気候安全保障」が今後の気候変動政策における主導的な概
念となる可能性があると認識し、この概念を日本として、どのように今後の気
候変動政策推進に生かしていくべきかについて検討した。
[国際社会における気候安全保障論議]
現在、国連気候変動枠組条約では、2013 年以降の次期枠組の議論が活発化し
ているが、各国の主張が対立し、交渉に入れないでいる。2005 年の G8 英国グ
レンイーグルズサミットで気候変動を主要議題としたイギリスは、最近、気候
変動問題を広い意味での安全保障の問題と認識し、国際社会において気候変動
問題を「気候安全保障」(Climate Security)として取り上げる姿勢を示してい
る。アメリカでも、バイデン・ルーガー決議案等において、気候変動が国家安
全保障に影響を与えるものであるとする見解が示されている。国連においても、
2007 年 4 月 17 日に国連安全保障理事会で初めて気候変動問題をめぐる議論が
行われた。
[加速する気候変動]
IPCC 第四次評価報告書は、進行中の気候変動が人為的原因によるものである
可能性が非常に高いこと、気候変動の速度が加速していること、全世界的にす
でに気候変動影響が生じていること、今後水資源、生態系、食糧、沿岸域など
様々な分野で影響が深刻化することを示した。また、スターン・レビューは、
気候変動対策をとらない場合の損失額は少なくとも世界のGDPの5%、最悪
の場合20%以上に達する可能性があり、気候変動の影響は 20 世紀に経験した
2 度の世界大戦や世界大恐慌に匹敵するもので、早期の対策が必要と結論づけて
いる。
[安全保障の概念の変化]
安全保障の概念は、軍事的な安全保障から、より幅広い安全保障へと近年広
がっている。つまり、安全保障の「脅威」が国家への脅威から、国際社会に対
する脅威へ、「守るべき価値」が国家の領土保全から人間の安全や福祉の向上へ
と広がっている。気候変動による影響を安全保障上の「脅威」と認めるかどう
かは、気候変動による影響の質と程度による。IPCC 第四次評価報告書等によれ
ば、気候変動は既に、人間の生命・健康や人間活動の基盤である生態系に脅威
となる影響を及ぼしている。早期に適切な対策を講じなければ、その脅威は更
に大きくなり、干ばつや水不足、国土の水没に伴う環境難民の発生等により地
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域の不安定化に確実に影響を及ぼす。したがって、気候変動は、「国家安全保障」
のみならず、「人間の安全保障」、「食糧安全保障」、「エネルギー安全保障」など
のあらゆる安全保障に係わるものである。
[日本の総合安全保障の概念]
日本の「総合安全保障」という考え方は、まさにそのような幅広い安全保障
の概念を取り入れたものである。対応措置としては、脅威をなくす自助努力に
加え、国際環境全体を好ましいものにし、利益を同じくする国との連携をも進
めることを挙げている。また、軍事的手段のみではなく、経済的相互依存関係
の強化という非軍事的手段も活用することとしている。この考え方は気候変動
のもたらす脅威を包摂しうるものであり、これを国民の安全や生活、さらには
広く人間に対する脅威と捉え、経済的相互依存強化を含めた国際協調を進める
ことが安全保障につながるという考え方が導かれる。このような考え方は、世
界の気候変動政策の促進に資する概念である。
[安全保障としての気候変動への対応]
安全保障の基本的概念である「誰が、どのような価値を、どのような脅威か
ら、どのように守るか」を気候安全保障に当てはめると、人類の生存基盤であ
る気候の変動により様々な影響を引き起こすという「脅威」から、国民の安全
を守ることが目的となり、そのためには個別の国家による努力のみではなく、
「地球公共財」としての気候を守るための世界の一致協力した対応が必須であ
る。
[気候安全保障の考え方のメリット]
「気候安全保障」の概念を用いることによって、気候変動が世界の国・企業・
団体・個人に対する「脅威」であるとの認識を国民及び国際社会が共有できる。
これによって、各国において気候変動を優先順位の高い政策として位置づけ、
低炭素排出下で成長する経済社会に向けた、技術や制度、ライフスタイルやワ
ークスタイルの変化を促すことができる。また、国際社会の連帯した温室効果
ガス削減行動が正当化される。途上国においても、現在生じている気象災害な
どに対して、長期的で確かな対策が促進され、同時に将来の国際連携への参加
の必要性が強く認識される。更に「脅威」が明白になるにつれて、脅威の「主
体」とみなされる主要排出国に対する義務的な削減行動への国際的圧力が強く
なると考えられる。
5
[気候安全保障にもとづく政策]
日本の「総合安全保障」の考えに基づけば、国民を気候変動の脅威から守る
ためには、国内においては低炭素社会構築によって、気候、エネルギー、産業
国際競争力等の面での自国の安全保障能力を強化するほか、国際協力において
も、国連気候変動枠組条約を通じて国際環境整備に尽力するとともに、理念・
利益を同じくする国との連携により気候安全保障を進める必要がある。
気候変動問題は、単なる環境問題として捉えるのではなく、食糧問題やエネ
ルギー問題、テロといった地球規模で生じる脅威の1つとして位置づけるとと
もに、これらに直接・間接的に大きな影響を及ぼすという意味で中心に据えら
れるべき問題である。気候安全保障対策として講じられる措置は、温室効果ガ
ス排出削減を通じて、低炭素で成長する経済・社会を作り出す技術、社会イン
フラや制度、行動様式である。これは、生産活動に当たっての資源及びエネル
ギー効率を高めることを通じて、資源とエネルギーの安全保障に直接的に寄与
するとともに、大気汚染物質(硫黄酸化物や窒素酸化物)や水質汚濁物質の排
出を減少させる効果(コベネフィット(共通便益))をもたらす。更に、適応策
が意識化されることによって、貧困撲滅など人間として必要な生活基盤の確保
にも力が注がれ、人間の安全保障に資する。
気候変動の「影響」を世界各国・人類への脅威と位置づける「気候安全保障」
の考え方は、気候変動のコストに関して、「Cost of Action」(対策のためのコス
ト)だけでなく「Cost of Inaction」(対策をとらない場合のコスト)をも取りあ
げ、両者の比較から早期の対策の有効性を主張する考え方であり、次期枠組交
渉に対しても促進的な機能を果たすことができる。気候変動の対策を「脅威」
と考えて対策を回避することが国益であると考える傾向のある現在の国際交渉
の膠着状態を打開して、交渉を促進し、更に将来の姿を示すことができる。
気候変動の脅威への対応に当たっては、温室効果ガスを大量に排出している
国が削減を行うことが不可欠である。途上国においても近年排出量が急増して
いるが、先進国と比較して安価な削減ポテンシャルがより多く存在する。また
社会資本整備が急速に進捗しているため、開発政策の中に気候変動の緩和・適
応政策を統合化・主流化することにより、早めに「低炭素で成長する経済社会」
への転換を促していくことができる。しかしながら、その実現のためには国際
的な協調が必要である。また、気候変動の甚大な影響を受ける脆弱な途上国へ
の早めの適応策も求められる。
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[気候安全保障における日本の役割]
我が国の提唱する「総合安全保障」概念は、この気候安全保障のフレームを
構築するために適切な基本理念を有している。気候安全保障は、国際連帯を促
進しながら、非軍事的手段により、それぞれの国家、国民・企業の活動、それ
を取り巻く生態系を気候変動の脅威から守るというものである。非軍事的な手
段を用いる安全保障を発展させてきた歴史を持つ日本として、気候変動問題に
臨む姿勢として用いることがふさわしい理念であると考えられる。
本専門委員会は、今後、我が国が低炭素社会構築に向けた国内政策を確実に
遂行するため、また、さまざまな国際交渉で諸国の温室効果ガス削減が早期・
効果的に促進されるため、「気候安全保障」という概念を国内・国際社会で位置
づけ、効果的に用いることを提言する。
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気候安全保障(Climat...