人の心はどこまでわかるかと問われれば、それはわからないと答えるしかないだろう。そしてそのことを認め、その上で人の心を解明しようと試みるのが心理学者である。またそういうスタンスであるからこそ心理学者たりえるのである。現代社会に於いて、人間という社会生物は、他人の心あるいは自らに害を為す敵の動きに敏感である。また、その敵が集団であれ個人であれ、多層社会なり没社会交渉なりに逃げることは必要な能力となる。だが、目の前にある一般的な社会、つまりその人個人が属しているあるいは属しているであろうと考えたい社会に対して、自らの態度と齟齬が生まれれば心が苦しくなる。そうすると、日常生活がままならなくなる。むろん、「普通」に 生きることなどかなわないであろうから、軋轢が生まれる社会環境をきっかけにして別の道筋の可能性を模索するのもひとつの生き方には違いない。だが、過去においての目標と、自分に対する期待、周りからの視線、あるいはそれを受けていると幻想する自分の姿、他人の眼、常識、大衆という集団、あるいは大衆に等しい共同幻想、または集団が持つ遺伝子、など諸々の事情があって──個人的には一本の事情だと思うのだが──目の前の社会生活を営むことが唯一の正しい方法と結論付けてしまうことがある。人の心をわかろうとするには、まず人間社会への興味、好奇心と洞察、理解が必要なのである。
本書は心理療法家として活躍している17人の方と、著者河合隼雄氏との対談を通じて、心理療法における様々な問いに対する著者の考えや問題意識が表わされたものである。その中では、著者がどういう経緯で心理療法に携われるようになったのか、ということや、心理療法の実践の場で実際にあった経験で生じた問題などが明らかになっていく。 それでは本書の著者、河合隼雄氏のプロフィールを簡単におさらいしておこう。 河合氏は現代日本の臨床心理学の第一人者である。京都大学名誉教授。国際日本文化研究センター所長。1995年に紫綬褒章を受章。なお「日本ウソツキクラブ」を創設し、現在も会長の要職にある。2001年1月18日、文化庁長官に就任。 1928年、兵庫県に生まれる。1952年、京都大学理学部を卒業。卒業後、高校教師になるが教育問題を契機に心理学を志し、京都大学大学院、カリフォルニア大学留学を経て、1962 年から3年間、スイス・チューリッヒのユング研究所で学び、日本人で初のユング派分析家の資格を取得し、日本にユング派心理療法を確立した。 著書には『閉ざされた心との対話』『こどもはおもしろい』(以上、講談社)、...