世界の「国語」と母語
『近代日本における国家と言語の関係と日本語の21世紀における可能性』
1ヶ月前、日本全土はワールドカップで熱狂していた。青のユニフォーム姿の若者達が新宿や渋谷に集まって騒ぎ立て、大阪の道頓堀では川に
世界の「国語」と母語
『近代日本における国家と言語の関係と日本語の21世紀における可能性』
1ヶ月前、日本全土はワールドカップで熱狂していた。青のユニフォーム姿の若者達が新宿や渋谷に集まって騒ぎ立て、大阪の道頓堀では川に飛び込むほどであった。彼らは日本代表を応援しているというよりはむしろ群衆の中で何かに陶酔している様に見えた。このような光景を見て、日本国民とは何か、ナショナリティーとは何かを考えさせられた人は多かったのではないだろうか。そこで、江戸時代には多くの藩が存在していた日本が、近代においていかにして日本国家になり得たのかを、ナショナリティーに大きく関係している言語という観点から考えてみたい。そして、愛国心が低いと諸外国からしばしば批判されている日本はこれから言語というものに対してどのような態度をとっていけばよいのか論じたい。
前近代、琉球やアイヌは例外として国民とする範囲が確定していた。当時、出版などのメディアの発達により、習得階級は上級武士や下級武士に限られてはいたものの、上級においては書き言葉はある程度統一されていた。話し言葉においては参勤交代制度によって各藩の武士が江戸...