白雪姫・親指姫・マッチ売りの少女など、授業ではさまざまなグリム童話の日本語版絵本における省略や内容の変更について学んびましたが、私が一番興味を惹かれたのがいばら姫でした。
私が子供の頃読んだ絵本では、12人の妖精と、一人の悪い魔女となっているものと、13人の妖精となっているものがあって、「妖精=いいもの、やさしいもの」というイメージのあった私には、後者は不思議で違和感のあるものでした。
なので、13人妖精がいるのに12人しか呼ばない王様とお妃のほうが意地悪で、呼ばれなかった妖精が可哀相だという印象を持っていました。
授業ではさらに、「魔女たち」「神通力を持った女たち」「かしこい女たち」という表現があると知り、特に「かしこい女たち」という表現が非常に奇妙で面白く感じました。魔女の語源が「賢い女」にあるというのも初めて聞き、キリスト教に女性嫌いの性質があり、キリスト教から馴致されていった社会から異形の人としておいつめられていたというのを知り、「妖精」が、誕生日祝いの席に呼ばれなかったことで姫に呪いをかける…というのも、女性の嫉妬深さを強調しているようにとれますし、なるほどと感じました。
しかし、日本の昔話もよく読んだのですが、そこでは13人目の魔女に該当するような役は、大抵鬼や妖怪が担っていて、それは大抵性別で言えば男性的であり、女性であっても年老いたお婆さんであることが殆どであったので、その「13人目の妖精」が悪役であることに違和感を感じたのだと思います。
絵本を読む対象は基本的にはこどもであり、そのために表現が柔らかくなったり、省略されたりするのはやむをえないことだと私は考えます。「13人目の妖精」という仲間外れにされてしまった妖精が、それを恨んで仕返しをする…と思うよりは、最初から「悪い魔女」だから呼ばれず、「悪い魔女」だから呪いをかけたと考える方がこどもにとってはわかりやすく安心すると思います。
ドイツの文学と近代Ⅰ 春学期末レポート
グリム童話、アンデルセン童話の日本語版絵本における省略や内容の変更について見解を述べなさい。
白雪姫・親指姫・マッチ売りの少女など、授業ではさまざまなグリム童話の日本語版絵本における省略や内容の変更について学んびましたが、私が一番興味を惹かれたのがいばら姫でした。
私が子供の頃読んだ絵本では、12人の妖精と、一人の悪い魔女となっているものと、13人の妖精となっているものがあって、「妖精=いいもの、やさしいもの」というイメージのあった私には、後者は不思議で違和感のあるものでした。
なので、13人妖精がいるのに12人しか呼ばない王様とお妃のほうが意地悪で、...