幕末の政治情勢
江戸幕府は、1853年のペリーの来航を契機として日米和親条約を締結し、開国した。老中阿部正弘は、開国による難局を乗り切るために朝廷や諸大名に意見を求める一方で人材の登用をはかり、軍備強化を行った。
幕末の政治情勢
江戸幕府は、1853年のペリーの来航を契機として日米和親条約を締結し、開国した。老中阿部正弘は、開国による難局を乗り切るために朝廷や諸大名に意見を求める一方で人材の登用をはかり、軍備強化を行った。
1856年に来日したアメリカ総領事ハリスは、通商条約の締結を強く要求した。老中堀田正睦は勅許を得ることで反対大名を抑えようとしたが失敗した。この条約勅許問題は折からの13代将軍家定の継嗣問題と絡み合い、幕府内の政争を激化させた。堀田の失敗後、南紀派の大名の擁立によって彦根藩主井伊直弼が大老に就任した。井伊は1858年6月、勅許を待たずに日米修好通商条約に調印し、次いで徳川家茂を将軍継...