「クラウド」は企業文化改革の試金石

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    電子書籍貸出サービス
    07年の秋は、「貸出の秋」それも「電子の秋」だったといわれるかもしれない、と思わせる出来事があった。この年11月1日、紀伊國屋書店は電子書籍での「貸出システム」の販売を始めた。また11月26日、千代田区立図書館が「電子書籍貸出サービス」をスタートさせた。紀伊國屋書店は大学図書館向け。千代田区は公共図書館でのできごと。
    ユーザーは大学や公共図書館で認証されたID、パスワードをもとに、図書館のサイトにはいりキーワードで全電子書籍を横串検索し、リストされた書籍一覧から、興味を持った電子書籍の貸出しを受け、PCから閲覧できる。他の人へ貸出し中なら、予約して順番を待つことになる。あくまで冊子体の本の貸出し形態を、電子版で再現するもの。
    ただしこの貸出し形態の再現のために、千代田区の方は自前のサーバーにアプリケーションソフトをインストールし、電子書籍コンテンツを格納する。したがって図書館側にある程度のITノウハウ、またサーバ-負担に耐える容量余裕及び財務的な裏づけが必要となる。
    この点紀伊國屋書店のものはASP型で、図書館の負担は小さい。つまり、大元のサーバ-にアプリケーションソフトは既にインストールされており、電子書籍コンテンツも格納済み。契約を結び、図書館がアカウントを開設しさえすれば、明日からスタートできる。ASPは Application Service Provider の略。ただ両者とも出来合いのソフト(アプリケーション)、出来合いのデータ(電子書籍コンテンツ)が前提。
    ASPからSaaSへ
    このデータの部分を自社のデータにまで拡張するとSaaSに辿りつく。例えばあるアイデアを事業化すべく一念発起して会社を興した。事業のアイデアは随分詰めてあるが、経理財務は経験がないし、経理用人材を雇うほどの事務量はない、という時、税理士や会計士の事務所、社会保険関係のコンサル会社が、経理事務を代行するサービスがある。色々なパターンがあるが、経理ソフトをASP型で利用しながら、データが先方のサーバ-に格納されていくタイプなら、それが Software as a Service 、SaaSだ。
    丁度同じメールソフトでも、自社のサーバーにソフトを格納するタイプだと社外からメールを見たり、メールを送ったりは原則できない。それがYahoo やGoogle のメールアカウンを持っていると、ネットのつながる環境さえあればどこからでもメール作業が行える。SaaSでも同じこと(Yahoo やGoogleは無償でSaaSを提供している)。
    たとえば顧客データ、営業履歴データをSaaSの仕組みで整理しておけば、社内に散在する顧客接点の情報が統合され、他部署でも活用でき、(他部署での営業履歴含め)出先で確認することもできるようになる。上席による活動も担当者の行動を踏まえたものになり、大組織でありがちな、複数部署間で連携のない、同じ顧客への重複訪問の幣も除去される。営業の生産性は多いに向上するだろう。
    SaaSは本来、経営に朗報のはずだが
    さて上述千代田区立図書館の事例と紀伊國屋の事例の対比で明らかなように、ASP、SaaSの利用者は、システムの初期投資、メンテコストから開放される。IT要員を抱え込む必要もない。
    事業会社に話を絞ると、SaaSのメリットはそれだけに留まらない。もともとIT要員を抱えられない中小企業にとっては高度なセキュリティ品質を手にするメリットもある(この点は、大企業ではデータを他者に預けるリスクが懸念されている)。もっとベーシックなところで、中小企業にとっては大企業と伍していける、基幹業務での仕組みを手にいれられるのも魅力(ERP:経営のリソース管理、SCM:調達管理、CRM:顧客管理など)。さらに企業規模に関係なく、他のシステムと組み合わせ、新規事業を始めようというとき、時間、手間を大幅に削減でき、経営にスピードが得られる。
    このようにSaaSは本来、経営に朗報のはずだが、これが意外と日本での普及はいまひとつ 。海外ではSaaSを含め、ITの新しい潮流として「クラウド(註)」が注目を 集めているのに、である 。
    無形資産とIT投資
    ちなみに米国でも、単にIT投資をするだけで生産性が上がるわけではないのは、実証研究で確認されている。組織資本(業務プロセスの再設計・再構成)や人的資本(教育)への資本投下を行った(ハードの9倍)企業で、3~7年の実践の先にはじめて、効果が確認されるとのこと 。
    この点日本企業のシステム開発での、自前主義志向の強さは気なるところ。つまり日本企業の人材は、「職業への最適化ではなく、企業への最適化という観点で育成され」る。要は人的投資(教育)の方向が違うのだ。だから業務プロセスの「再設計・再構成」という発想が出てきづらい。その結果「特にバックオフィス系の部門においては、その企業独特の事務プロセスが確固たるものとして確立しており、その方達にこれからはSaaSだからと言っても容易に説得することは出来ない」 。「クラウド」に行き着かない。
    ICTビジョン懇談会や総務省が、少子高齢化のこれからの日本の経済社会の生産性向上の鍵は、ICT関連投資だ、情報化だと指摘する のは正しいが、そこには日本企業の組織文化の構造改革という、大きな課題が横たわっていることを忘れてはならない。
     「クラウド」活用は日本企業にとって、企業文化変革の試金石である。
    註 「クラウド」:インターネットを図で表す場合、雲で描くことが多い。これがクラウド・コンピューティングと呼ばれる所以。「雲(インターネット)」につながる環境さえあれば、必要な時に必要な分だけITリソースを利用することができる。「所有」から「利用」へ、がキーコンセプト。まずSaaS、そのSaaSの開発基盤を提供するPaaS(Platform as a Service)、そしてHaaS(Hardware as a Service)の3つを総称した名称。SaaSの代表企業はセールスフォース・ドットコム、PaaSはグーグル、HaaSはアマゾンが有名。
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    情報社会生活マンスリーレポート09年04月号
    Column
    「クラウド」は企業文化変革の試金石
    神宮司信也
    【今月の参考クリップ】
    1.
    ・ユーザ企業のIT投資実態に関する調査結果 2009~「所有」から「利用」へが加速【要旨】
    http://www.yano.co.jp/press/pdf/459.pdf
    2010 年度の構成比が2008 年度よりも高いのは、「SaaS(又はASP)」
    「運用・保守」「運用・保守アウトソーシング」。(by 神宮司信也)
    2.
    ・クラウド時代の足音 :新ビジネスモデル
    http://www.dir.co.jp/souken/research/report/emg-inc/biz-model/09030201biz-model.pdf
    SaaS(Software as a Service)、開発基盤を提供するPaaS(Platform
    as a Service)、そしてHaaS(Hardware as a Service)の3つ。(by 神宮司信也)
    3.
    ・無形資産(組織資本および人的資本)と企業パフォーマンス
    http://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0255.html
    IT投資は、それを補完する無形資産の蓄積を行ったときだけ、生産
    性を実質的に上昇させることができる。(by 神宮司信也)
    4.
    ・日本でSaaSが普及しないのは徒弟制度のせい?
    http://japan.zdnet.com/sp/feature/enterprise-trend/story/0,3800089971,20389127-2,00.htm
    ITで生産性向上をはかり、少子化日本の将来を救おう、という時、
    実は根の深いところに、大きな障害がある。(by 神宮司信也)
    5.
    ・「ICTビジョン懇談会」緊急提言
    http://www.soumu.go.jp/s-news/2009/pdf/090223_6_bs.pdf
    社会のインフラとしての「ICT」を成熟させるなら、経済や社会
    への波及効果が大きい。「新たな成長戦略の柱に」、と。(by 神宮司信也)
    6.
    ・情報化投資の加速による経済再生に向けた中間レポート
    http://www.soumu.go.jp/s-news/2009/pdf/090302_5_bs.pdf
    情報資本を意識した経済構造に移行することにより、さらに情報資
    本のネットワーク効果を織込んだ経済構造にして、生産性は上昇。(by 神宮司信也)
    7.
    ・ASP・SaaSの普及による中小企業の生産性向上
    http://www.nri.co.jp/opinion/chitekishisan/2008/pdf/cs20081003.pdf
    もはや数年前のASPではありません。進化発展途上。サービス領域
    の高度化、ビジネスプロセスへの展開、プラットフォームにも。(by 神宮司信也)

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