統制経済学・皇国経済学

閲覧数3,741
ダウンロード数13
履歴確認

    • ページ数 : 9ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

    1、成立の過程
     満洲事變から始まる統制経済なるものとは一体なんなんでしょうか?
    私なりの解釈から言えば、これまでの自由経済から移行し、國家官僚が経済を人爲的操作をして長期に渡る戦争を遂行を目的としたものだと思います。
     当時の経済学というのは今で言うミクロ経済学しかありませんでした。世界恐慌が起きて、ケインズの一般理論が一般の経済学者にも認知されるようになってようやくマクロ経済的な視点が重要視され、アメリカではニューディールというケインズ政策をやることになりました。
     全体主義国家で隆盛を極めたのはナチスドイツの統制経済です。この辺はまだ詳しくないのですが、公的、私的に関らず、ナチスに言う事を聞けといった感じでしょうか。(もうちょっと書き加える予定)
     日本の統制経済というのは、満洲事變以後から始まります。それまでの日本は資本家の力が強く、官僚の経済介入はそれほどでもなかったですし、独占禁止法もなければ労働基準法もないという全くの自由主義経済でした。(米英でも大なり小なりそうでした)戰前の会社体系は直接金融の度合いが高く、戦後に見られた内部留保よりも配当に振り向けられ、離職率も高い状態であり、当時のアメリカとほぼ同等の状態であった。
    満州国建國に当たって、のちに革新官僚とよばれる現地の官僚は当時としては全く新しい経済政策を打ち立てます。これが統制経済の始まりで、これが本國の日本に持ち帰られ、統制経済は拡大していきます。
     この革新官僚の中には岸信介もいます。彼ら革新官僚が戦後の護送船団方式を形作るわけで、そういう意味において統制経済と護送船団方式は切っても切れない深い関係にあるわけです。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    統制經濟學 1、成立の過程  満洲事變から始まる統制経済なるものとは一体なんなんでしょうか? 私なりの解釈から言えば、これまでの自由経済から移行し、國家官僚が経済を人爲的操作をして長期に渡る戦争を遂行を目的としたものだと思います。  当時の経済学というのは今で言うミクロ経済学しかありませんでした。世界恐慌が起きて、ケインズの一般理論が一般の経済学者にも認知されるようになってようやくマクロ経済的な視点が重要視され、アメリカではニューディールというケインズ政策をやることになりました。  全体主義国家で隆盛を極めたのはナチスドイツの統制経済です。この辺はまだ詳しくないのですが、公的、私的に関らず、ナチスに言う事を聞けといった感じでしょうか。(もうちょっと書き加える予定)  日本の統制経済
    というのは、満洲事變以後から始まります。それまでの日本は資本家の力が強く、官僚の経済介入はそれほどでもなかったですし、独占禁止法もなければ労働基準法もないという全くの自由主義経済でした。(米英でも大なり小なりそうでした)戰前の会社体系は直接金融の度合いが高く、戦後に見られた内部留保よりも配当に振り向けられ...

    コメント3件

    hyperhappy 購入
    微妙でした。
    2006/07/20 20:11 (18年5ヶ月前)

    qwe123 購入
    皇国経済学が乗っている数少ない文献だと思います。
    2006/08/24 0:08 (18年4ヶ月前)

    shurikosei 購入
    文献リストとして使えました。
    2007/04/17 15:04 (17年8ヶ月前)

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。