手形小切手法論文答案練習 手形行為総論
~小切手の静的安全~
【問題】
小切手において静的安全のための制度が要求されるのはなぜか。そのためにどのような制度があるのか。
【答案例】
1 小切手において静的安全のための制度が要求される理由
小切手は、手形と同様に金銭債権を表章する有価証券であるが、それ経済的機能は、専ら金銭の支払手段たるところにある。すなわち、支払をなす者が、自ら金銭出納をなすことは過誤と危険を伴いやすいので、金銭の取扱いを専門とする銀行等に資金を置き、支払の度に小切手を振り出し、その所持人をして銀行等に提示せしめ、振出人の預金から支払を得させるのである。このように、小切手が支払の用具として、現金の代用物とされるためには、換金しようと思えば直ちに現金化しうること、すなわち、支払の簡易・迅速性が必要となる。
そこで、小切手法は、右の見地から小切手の一覧払性を徹底するとともに(小切手28条)、持参人払式、記名持参人式を認め(小切手5条)、また支払拒絶証明の簡易化に関する規定(小切手39条)等を置いている。
このように、小切手において支払の簡易、迅速性が図られると、不可避的に過誤払い、盗難等のため不正の所持人に対して支払がなされる危険性が大きくなる。そこで、小切手の所持人や振出人が損害を被ることを回避するために、静的安全保護の制度が要求されるのである。これを具現化したものとしては、線引制度と支払委託の取消制度とがある。
他方、小切手は手形と同じ有価証券であり、したがって、手形と同じ静的安全のための一般的制度も設けられている。これは、指図禁止、除権決定等の制度である。
2 小切手における静的安全のための制度
(1)線引小切手
線引小切手とは、小切手の表面に2条の平行線の引いた小切手で、平行線内に何も書
かれていないか、または「銀行」と書く一般線引小切手(小切手37条3項前段)と、平行線内に特定の銀行を指定する特定線引小切手(同条後段)とがある。前者においては、支払を受けうる者が銀行または支払人の取引先に制限され、後者においては、支払を受けうる者が特定の銀行またはその取引先に制限される(小切手38条1項、2項)。そして、線引は振出人または所持人が一方的になしうるものであるから、それは支払受領資格の制限と解される。
では、線引は小切手の静的安全にいかに資するものであろうか。
右のごとき小切手の性質からして、意思表示の内容に反した支払人に損害賠償責任が生ずるほか(38条5項)、その余の法律関係は一般小切手と変わることなく、線引によって善意取得(小切手21条)を防止することは法的に不可能であると考える。
しかし、線引小切手にあっては前述のように、支払受領資格が制限されるため、不正取得者が支払を受けることを防止しうるし、銀行は自己の取引先または他の銀行よりのみ線引小切手を取得しうる(小切手38条3項)とされているので、仮に支払がなされた後でも、支払人との取引関係を起点として、途中の不正取得者をたどることも可能である。この意味で線引小切手は静的安全保護に役立っている。
ところで、線引小切手の制度趣旨を右のように解するとき、38条にいう「取引先」の範囲が問題となるが、私は、ある程度の継続的取引関係と小切手金額に相当する実質的な取引関係をもって必要かつ十分であると解する。なぜなら、右の趣旨からして銀行にある程度素性が知れていることが必要であるし、取引先は銀行が小切手金額を限度とする損害賠償責任を免責される要件であること(38条5項)から、右金額相当の取引関係をもって取引先が仮に不正取得者であった場合の担保とするべきであるからである。
(2)支払委託の取消
小切手が紛失しまたは盗難にあった場合、振出人は支払人に対してその振り出した小切手につき所持人から支払呈示があってもその支払をしないよう通知することによって、支払人の支払により振出人または正当な所持人が損害を被ることを未然に防ぐことができる。この通知を支払委託の取消という。
ところで、小切手法は小切手所持人の支払に対する期待と信頼を考慮し、支払委託の取消は呈示期間経過後においてのみ効力を生ずるとしている(小切手32条)。したがって、支払委託の取消は、第一に支払呈示期間経過後の支払を防止しうる点で、第二に、支払呈示期間中でも支払人に対し小切手の所持人が正当な権利者であるか否かにつき注意を喚起しうる点で、静的安全に資するものとなっている。
(3)指図禁止小切手
指図禁止小切手(小切手14条2項)として振り出すことも、小切手の紛失・盗難によって被る損害を避け、静的安全を図るため有用である。なぜなら、指図禁止によってその譲渡は指名債権譲渡の方式と効力により行われることになり、小切手特有の動的安全制度(小切手21条・22条)を排除できるからである。
(4)除権判決制度
小切手が紛失したりまたは盗難にあったりした場合、そのままでは権利行使ができない。しかし、公示催告の申立てをすれば権利行使できる(商518条)。また、公示催告手続を経て除権判決を得れば、小切手なしで権利を行使できる。このように、除権判決も小切手の静的安全に資する。ただし、小切手は支払証券であるから、長期の流通は認められず(小切手29条1項)、また、時効期間も6ヶ月である(51条1項)ので、除権判決の実益は小さい。