摂動論
まずは時間を含まない場合、縮退がない場合。
摂動論を学ぶ理由
摂動論は近似解を求めるテクニックの一つである。 正確に解ける問題があって、そこから設定がほんの少しだけずれた時に解がどのように変化するかということを導く技である。 人間の力で正確に解けるのはごくごく簡単な問題だけであるから、近似計算というのは重要である。
なぜ「摂動」なんて漢訳が当てられたのかはよく分からないが英語では「掻き乱す」というような意味だ。 太陽の周りを回る惑星の楕円軌道は計算で正確に求められるが、実際には他の惑星からの重力の影響があるためにわずかなずれが生じている。 このわずかな撹乱が惑星の軌道にどのように影響するかを論じたものが摂動論であり、同じ考えを量子力学に応用したのである。
しかし、単なるテクニックではなく、量子力学の思想に関わる重大な意味を持つ。 計算手法そのものが、自然を表現する考え方に強い影響を与えているのである。 いや、数学を通して自然を見ている以上は、これに限った話ではないのかも知れないが。
これをベクトル表現で説明しようか、それとも波動関数表現で説明しようかと悩むところだ。 ベクトル表現はシンプルに書けるので視覚に訴えて分かりやすいし応用も利く。 一方、波動関数表現は具体的であって何をどう計算すべきかがよく分かるという利点がある。
初学者にとってはそんな長所短所の違いを言われたところで、「はぁ」としか言いようがないだろう。 まだ自分で選べるほどの情報もなく、教えられるままに聞くしかない。 その末に結局一方しか説明されなかったら、もう一方の方法のことが気になって仕方がない。 両方やることにしよう。 これで読者は余計な心配から解放される。
ここさえ乗り切れば、ベクトルだろうが波動関数だろうが、その弱点利点を知って使いこなせるようになるだろう。
まずは問題設定
あるよく知られた波動方程式があるとする。
これは時間に依存しないシュレーディンガー方程式だ。 まずはこれを例にしよう。 もしここで
と置けば、この式は
のようにシンプルに書ける。 はエルミート演算子であって、演算子は行列としても表せることをすでに学んだ。 だから、この式と同じことを次のようなベクトル形式で表すこともできる。
これらの方程式の解はよく知られていて完全に解けるものとする。 このことだけが重要な出発点であるから、 の具体的な形についてはもうこだわらないようにしよう。
ところで、微分方程式の解は一つだけではなかった。 幾つもの解がある。 それぞれの解 を固有関数と呼び、それぞれに対応する数値 をエネルギー固有値と呼ぶのだった。 だから、先ほどの式はこう書いておくべきだろうか。
あるいは
ここで、この方程式の にわずかな項を追加したいと思ったとする。 「摂動を加える」なんて表現をすることがあるが、まぁ、少しの変更だから以前の解と大きくは変わるまい。 たとえ大きく変わってしまうとしても突然は変わらないだろうから、徐々に増やしていけばいい。 例えば原子に0から始めて徐々に強く電場を加えていくと電子の波動方程式にどんな変化があるだろうとか、そういう興味だ。
新しく加えた項を「摂動部分」とか「摂動項」とか呼ぶ。 λ の部分が「徐々に」というニュアンスを表している。 λ を0から増やしていった時、その変化の影響はどのように現れるだろう? それは次のように現れるだろうと仮定する。
記号がいきなり増えて驚くかも知れないが、まずは落ち着こう。
摂動論
まずは時間を含まない場合、縮退がない場合。
摂動論を学ぶ理由
摂動論は近似解を求めるテクニックの一つである。 正確に解ける問題があって、そこから設定がほんの少しだけずれた時に解がどのように変化するかということを導く技である。 人間の力で正確に解けるのはごくごく簡単な問題だけであるから、近似計算というのは重要である。
なぜ「摂動」なんて漢訳が当てられたのかはよく分からないが英語では「掻き乱す」というような意味だ。 太陽の周りを回る惑星の楕円軌道は計算で正確に求められるが、実際には他の惑星からの重力の影響があるためにわずかなずれが生じている。 このわずかな撹乱が惑星の軌道にどのように影響するかを論じたものが摂動論であり、同じ考えを量子力学に応用したのである。
しかし、単なるテクニックではなく、量子力学の思想に関わる重大な意味を持つ。 計算手法そのものが、自然を表現する考え方に強い影響を与えているのである。 いや、数学を通して自然を見ている以上は、これに限った話ではないのかも知れないが。
これをベクトル表現で説明しようか、それとも波動関数表現で説明しようかと悩むところだ。 ベクトル表現はシンプルに書けるので視覚に訴えて分かりやすいし応用も利く。 一方、波動関数表現は具体的であって何をどう計算すべきかがよく分かるという利点がある。
初学者にとってはそんな長所短所の違いを言われたところで、「はぁ」としか言いようがないだろう。 まだ自分で選べるほどの情報もなく、教えられるままに聞くしかない。 その末に結局一方しか説明されなかったら、もう一方の方法のことが気になって仕方がない。 両方やることにしよう。 これで読者は余計な心配から解放される。
ここさえ乗り切れば、ベクトルだろうが波動関数だろうが、その弱点利点を知って使いこなせるようになるだろう。
まずは問題設定
あるよく知られた波動方程式があるとする。
これは時間に依存しないシュレーディンガー方程式だ。 まずはこれを例にしよう。 もしここで
と置けば、この式は
のようにシンプルに書ける。 はエルミート演算子であって、演算子は行列としても表せることをすでに学んだ。 だから、この式と同じことを次のようなベクトル形式で表すこともできる。
これらの方程式の解はよく知られていて完全に解けるものとする。 このことだけが重要な出発点であるから、 の具体的な形についてはもうこだわらないようにしよう。
ところで、微分方程式の解は一つだけではなかった。 幾つもの解がある。 それぞれの解 を固有関数と呼び、それぞれに対応する数値 をエネルギー固有値と呼ぶのだった。 だから、先ほどの式はこう書いておくべきだろうか。
あるいは
ここで、この方程式の にわずかな項を追加したいと思ったとする。 「摂動を加える」なんて表現をすることがあるが、まぁ、少しの変更だから以前の解と大きくは変わるまい。 たとえ大きく変わってしまうとしても突然は変わらないだろうから、徐々に増やしていけばいい。 例えば原子に0から始めて徐々に強く電場を加えていくと電子の波動方程式にどんな変化があるだろうとか、そういう興味だ。
新しく加えた項を「摂動部分」とか「摂動項」とか呼ぶ。 λ の部分が「徐々に」というニュアンスを表している。 λ を0から増やしていった時、その変化の影響はどのように現れるだろう? それは次のように現れるだろうと仮定する。
記号がいきなり増えて驚くかも知れないが、まずは落ち着こう。 関数 や固有値 の右上に数字が付いたものが現れたが、これらはべき乗を表すわけではない。 単に多数の関数を新しく導入して、それらを区別したいだけだ。
ダッシュ記号で区別しようかとも思ったが賢い方法ではないと気付いた。 ダッシュが2、3個の内はいいが、やたら増えたらどうしようか? 「右辺の n 番目の関数」を記号で示したい時に、ダッシュの数が n 個であることをどう表現したらいいだろう? 初めから数字で書いておいた方が得策である。 右辺の第1項目の右上の数字は0になっているが、この数字は λ の次数と合わせてある。 ダッシュを使った場合にはこうは行くまい。 0個のダッシュなんて左辺の関数と区別が付かないではないか。
我々はこれからこの全ての項の関数 や固有値 が一体どんな形になるかを調べたいのだ。 それぞれの項を「k 次の摂動項」などと呼んだりする。 を「k 次の摂動エネルギー」と呼んだりもする。 しかし「0次の摂動項」というのはあまり使わない表現だ。 なぜなら、 や は λ = 0 の時の解であって、摂動が入る前の、すでによく知っている解だからだ。 代わりにこれを「非摂動解」と呼んだりする。
なぜ摂動を加えた後の解が λ のべき乗の級数で表せるのかという点に疑問を持つかも知れない。 これはテイラー展開の理屈に基づいている。 初歩の数学の教科書で「テイラー展開」や「べき級数」あたりを勉強すると、ほとんどの関数がこの形式で展開できることが分かるだろう。 感覚的には λ が1を越えると後の項ほど値が増えることになるので和が無限大に発散してしまうのではないかと心配になるが、それは場合によるのであり、λ = 1 が特別な数字だというわけではない。 どんな値を入れても発散しないことだってあるし、0以外のどんな数字を入れても発散してしまうことだってある。 では摂動論の場合、どういう条件で発散してしまうのだろうか? それについては後の方で議論することにしよう。
さて、しばらくベクトル表現についての説明が留守になっていたが、こちらも同じことが言える。 元の方程式を
と変更した時に、その解が
のように表せると仮定して各ベクトル、各固有値を求めるのである。 波動関数がケットベクトルになっただけで形式的には全く同じことだ。
さあ、これで目的も問題設定も話し終えて、必要な準備は整った。 ようやくここからが本番だ。 面白くなるぞ。
ここから先はベクトル表現を同時に説明するのは大変なので、ひとまず波動関数表現で一気に説明を終えてしまおう。 ベクトル表現はその後で説明するつもりだが、ほとんど同じ形式なので楽に説明できることが期待できる。
波動関数で計算
各項の関数を求めるために、とりあえず上記の式
に、仮定の式、
を無理やり突っ込んでやる。 そしてこの両辺を展開してやり、 λ の次数が同じになるものどうしでまとめてやり、両辺で比較してやれば次のような多数の式が導かれるだろう。 右辺の展開がひどく大変に思えるが、コツが分かればこんなものはすぐに書き出せる。
一番上の式は先ほど確認したように、すでに解けることが分かっているものだ。 2番目以降の式をどう解けば , , ... や , , ... が導き出せるかが、これから立ち向かうべき問題だ。
2番目の式を少し変形してやって次のようにする。
これの両辺に左から を掛けて積分する。 (つまりは関数の内積を取る。)
ところで、左辺のカッコの中身はエルミート演算子なので、左辺は次のように変形することが可能である。
つまり左辺は0になる。 一方、右辺については、
となる。 よって、両辺を合わせれば、
であることが分かる。 これで知りたかったものがまず一つ求まった。
1次の摂動項
さあ気を良くして、次に を求めよう。 先ほども使ったこの式から再び始める。
自信のある人はここで立ち止まってじっくり考えてみるのもいいだろう。 答えがすぐに導けそうな気がするが、しかし普通の考え方では一歩も先へは進めない。
ここで解の完全性を応用する。 今から求めたい関数 は、すでに解として求まっている多数の関数 の線形結合で表現できるはずだと考えるのである。
ただの ではなく、わざわざ という表現を使って多数の解が存在することを明示しておいたのは、このための伏線だったのだ。 この式の全ての係数 Cm が求まれば、それで を求めたことになるという理屈で話を進めよう。
これを先ほどの式に代入してやると、
となる。 そしてこの両辺に左から を掛けて積分してやろう。 まず左辺からだ。
これは関数の直交性より、m = k となるもの以外は消えてしまって、とてもすっきりした形になる。
もし k = n ならば0になってしまう。
次に右辺だが、
となり、もし k ≠ n ならば第2項は消え失せることになるが、 k = n ならば第2項は が残る。
右辺と左辺をまとめれば、 k ≠ n の時、
であり、k = n の時、
となるということだ。 この最後の式は先ほど求めたのと全く同じ結果である。 初めの計算はわざわざやらなくても良かったのだ。 しかし、幾つかの方法で導けることを知っておくことは悪くない。
Cn = 0 の教科書の説明
さて、ここに来て困ったことがある。 k ≠ n の場合についての Ck は求められたが、 Cn についてだけはその値を決めるためのヒントが何もない。 実際、Cn の値が何であろうともここまでの条件をすべてクリアしてしまうのだ。 (どんな値を入れても両辺で打ち消しあうので固有関数として認められる。)
一つ制限があるとすれば、Cn は馬鹿でかい数値であってはならないということくらいだ。 ならば面倒臭いから0にしておけば無難だ、とか、そんな曖昧な理屈で決めてしまってもいいようなものだろうか?
いや、この値を...