宇宙の年齢は偶然か

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    宇宙の年齢は偶然か  人間原理は、量子論と現代宇宙論が切り開いた新しい境地ともいえますが、現代科学の 中では非常に特殊な位置にあります。まずは、人間原理が登場した経過をみてみましょう。  1920年頃、イギリスの物理学者エディントンは、さまざまな物理定数を調べている うちに、次のような関係を発見しました。 ①電磁力定数と重力定数の比が約10の40乗 ②宇宙の観測半径と電子半径の比が約10の40乗 この2つの奇妙な一致から、エディントンは、10の40乗という数が、何か特別な意味を持 っているのではないかと考えました。これを「エディントンの巨大数」といいます。  しかし、①は定数として成立するとしても、②については疑問が残ります。宇宙の観測 半径(宇宙の地平線までの距離)は現在約150億から200億光年といわれていますが、 宇宙は誕生以来膨張を続けているので、これは時々刻々変化しているはずです。したがっ て、②は今の時点でたまたま偶然にそういう値になったにすぎないということになります。  ところが1937年にイギリスの物理学者ディラックは、エディントンの巨大数は宇宙 の全期間を通じて成り立つという仮説を発表。エディントン数を一定に保つために、むし ろ物理定数の方が時間と共に変化していると唱えました。これを「ディラックの巨大数仮 説」といいます。しかし、これはあまりにもあり得そうにない説だったので、やがてエデ ィントン説もディラック説も忘れ去られてしまいました。 人間は宇宙の中心?  ところが、1961年になって、米プリンストン大のロバート・ディッケは、巨大数仮 説に対して全く新しい解釈が成り立つことを発見。彼は現在の宇宙半径が約160億光年 (表現を変えれば宇宙の年齢が160億年)なのは、偶然ではないと唱えました。  彼は、宇宙が誕生してから人類が登場するまでに、必然的に160億年ほどかかると考 えました。それより短いということも長いということもあり得ません。したがって、私た ち人間が宇宙を観測しているまさにこの時に、エディントン数が成り立つのは必然なのだ というわけです。  ディッケの説は、近代科学の考え方とは180度違った、全く新しいものの見方を意味 しています。結果的存在であるはずの人間を物理現象の基準とし、宇宙の状態を説明する のに人間を物差として考えるのです。これは完全な発想の転換です。  これに先立つ1955年に、英インペリアル・カレッジの数学者ウィトローは、宇宙空 間が今あるように3次元でなければ、生命が存在できなかったという論文を発表。宇宙空 間が2次元以下でも、また4次元以上でもない理由を、人間の存在と関係付けて説明しよ うとしました。  これを受けて57年には、ディッケが、宇宙には生命の存在を可能にさせるような条件が 備わっていると主張。その例として、炭素の存在を上げました。  地球上のすべての生命は、炭素を骨格とする有機化合物でできています。多くの元素の 中で、炭素だけが複雑な分子構造を形成できる、きわめて特殊な元素なのです。もしこの 宇宙に炭素原子がなかったら、生命は絶対に存在しませんでした。そして、この宇宙が炭 素原子を作り出すためには、いくつもの物理定数がバランスよく絶妙な値に設定されてい なければならなかったことがわかってきました。ディッケは、「炭素なきところには、物 理学者もいない」という言葉を残しています。 物理定数の見事さ  さらに1974年、英ケンブリッジ大のブランドン・カーターは、こうした考え方をよ り詳細に検

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    宇宙の年齢は偶然か  人間原理は、量子論と現代宇宙論が切り開いた新しい境地ともいえますが、現代科学の 中では非常に特殊な位置にあります。まずは、人間原理が登場した経過をみてみましょう。  1920年頃、イギリスの物理学者エディントンは、さまざまな物理定数を調べている うちに、次のような関係を発見しました。 ①電磁力定数と重力定数の比が約10の40乗 ②宇宙の観測半径と電子半径の比が約10の40乗 この2つの奇妙な一致から、エディントンは、10の40乗という数が、何か特別な意味を持 っているのではないかと考えました。これを「エディントンの巨大数」といいます。  しかし、①は定数として成立するとしても、②については疑問が残ります。宇宙の観測 半径(宇宙の地平線までの距離)は現在約150億から200億光年といわれていますが、 宇宙は誕生以来膨張を続けているので、これは時々刻々変化しているはずです。したがっ て、②は今の時点でたまたま偶然にそういう値になったにすぎないということになります。  ところが1937年にイギリスの物理学者ディラックは、エディントンの巨大数は宇宙 の全期間を通じて成り立つという仮説を発表。エディントン数を一定に保つために、むし ろ物理定数の方が時間と共に変化していると唱えました。これを「ディラックの巨大数仮 説」といいます。しかし、これはあまりにもあり得そうにない説だったので、やがてエデ ィントン説もディラック説も忘れ去られてしまいました。 人間は宇宙の中心?  ところが、1961年になって、米プリンストン大のロバート・ディッケは、巨大数仮 説に対して全く新しい解釈が成り立つことを発見。彼は現在の宇宙半径が約160億光年 (表現を変えれば宇宙の年齢が160億年)なのは、偶然ではないと唱えました。  彼は、宇宙が誕生してから人類が登場するまでに、必然的に160億年ほどかかると考 えました。それより短いということも長いということもあり得ません。したがって、私た ち人間が宇宙を観測しているまさにこの時に、エディントン数が成り立つのは必然なのだ というわけです。  ディッケの説は、近代科学の考え方とは180度違った、全く新しいものの見方を意味 しています。結果的存在であるはずの人間を物理現象の基準とし、宇宙の状態を説明する のに人間を物差として考えるのです。これは完全な発想の転換です。  これに先立つ1955年に、英インペリアル・カレッジの数学者ウィトローは、宇宙空 間が今あるように3次元でなければ、生命が存在できなかったという論文を発表。宇宙空 間が2次元以下でも、また4次元以上でもない理由を、人間の存在と関係付けて説明しよ うとしました。  これを受けて57年には、ディッケが、宇宙には生命の存在を可能にさせるような条件が 備わっていると主張。その例として、炭素の存在を上げました。  地球上のすべての生命は、炭素を骨格とする有機化合物でできています。多くの元素の 中で、炭素だけが複雑な分子構造を形成できる、きわめて特殊な元素なのです。もしこの 宇宙に炭素原子がなかったら、生命は絶対に存在しませんでした。そして、この宇宙が炭 素原子を作り出すためには、いくつもの物理定数がバランスよく絶妙な値に設定されてい なければならなかったことがわかってきました。ディッケは、「炭素なきところには、物 理学者もいない」という言葉を残しています。 物理定数の見事さ  さらに1974年、英ケンブリッジ大のブランドン・カーターは、こうした考え方をよ り詳細に検討しました。私たちの宇宙は、さまざまな物理定数で成り立っています。重力 定数やプランク定数、真空中の光速度、単位電荷量などです。  カーターは、それらの物理定数が現在の値よりわずかでも違っていたらどうなるかを考 えてみました。すると、物理定数のどれかひとつでも、わずかでも違っていたら、宇宙は 今ある姿とは全く違ったものになり、生命も人間も決して誕生し得ないことがわかったの です(図参照)。  つまり私たちの宇宙は、そこに人間を生み出し、存在せしめ、文明を育むために、絶対 にそうでなければならない状態に、厳密に設定されているのです。この意図的とも思える ほどの、見事な物理定数の整合性に着目したカーターは、「宇宙は人間のために創られて いる」と唱えました。そして、この考え方に「人間原理」と名付けました。また彼は、自 説を「強い人間原理」とし、ディッケの説を「弱い人間原理」として区別しました。  ただし、このような言い方をすると、人間原理はまるで創造主の存在を認めているよう にも聞こえますが、必ずしもそうではありません。人間原理自体は、あくまでもそういう 見方で宇宙をとらえることが可能であるといっているにすぎないのです。  しかし、人間原理は、何らかの形で人間の存在に特別な意味を与えようとしていること は確かです。ここで、フランシス・ベーコンの言葉が思い出されます。「わずかな、ある いは浅はかな知識は、人間精神を無神論に傾かせるが、その道をもっと進めば、精神は再 び宗教に立ち返る」と。 ホーキングの人間原理  しかし、人間原理に対する批判も少なくありません。米ロックフェラー大の故ハインツ・ ページェルスは、「人間原理は事後説明の寄せ集めにすぎず、予測可能性がないから科学 とはいえない」という論陣を張りました。  その一方で、スティーブン・ホーキング、フレッド・ホイル、ジョン・ウィーラーとい った著名な科学者が人間原理を支持しています。  ホーキングは、人間原理の根拠として、宇宙の「平坦性問題」を取り上げました。宇宙 は、ビッグバン以後ずっと膨張してきましたが、もし初期の膨張速度がわずかでも遅かっ たら、宇宙は誕生後間もなく重力によって収縮に転じ、つぶれていたでしょう。逆に初期 の膨張速度がわずかでも速かったら、膨張する勢いが強すぎて、物質が集まって銀河や星 を形成することができなかったでしょう。宇宙がそのどちらでもない、ちょうど良い膨張 速度を維持していることを、宇宙は「平坦」であるといいます。  そして、私たちの宇宙は、その始まりの時点において、10のマイナス60乗(1兆分の1 の1兆分の1の1兆分の1の1兆分の1の1兆分の1)以下の精度で平坦であったことが わかってきました。このことからホーキングは、「宇宙が偶然にそのような状態になる確 率は、ほとんどあり得ないほど0に近い」と指摘。「人間の存在を可能にさせるような物 理的条件が、宇宙の姿を物語っている」という独自の人間原理を展開しています。  また、イギリスの著名な天文学者で作家でもあるフレッド・ホイルは、人間原理には予 測可能性があるとして、ページェルスの反論に異を唱えています。

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