森鴎外の小説『鼠坂』についてのレポート。先行研究には「犯罪小説」と読む論と「怪談」と読むものがある。それらをふまえて、この作品をどのように解釈できるか、主題は何かといった問題を論ずる。
『鼠坂』論 「犯罪小説」か「怪談」か
一、はじめに
『鼠坂』は、一九一二年(明治四十五年)四月に、雑誌『中央公論』に発表された。そして、一九一三年(大正二年)七月、籾山書店から出された短編小説集『走馬灯』に所収される。
作品の中では、日露戦争時における、民間人の犯罪が描かれている。しかし、その主題は明確ではなく、先行研究においても、意見が分かれている。
特に論点となっているのは、『鼠坂』は、「犯罪小説」か「怪談」か、という疑問である。すなわち、小川は誰によって死に追い込まれたのか、ということである。これを、女の幽霊のしわざとすれば怪談と言え、深淵のしわざとすれば犯罪小説と言える。今回の発表では、この問題に焦点を当ててみたい。
二、あらすじ
通行の困難な鼠坂に、趣味の悪い家が建設される。
その家の主人である深淵は、新築祝いに、元通訳の平山と、新聞記者の小川を招く。彼らは、日露戦争時に、満州で不当に金を儲けた者たちだった。
当時の出来事についての会話がなされる中、深淵が、小川の起こした事件について語り始める。
話の内容は、小川が戦争中の中国において、中国人の女を強姦し...