資料
グループ
会員登録 非会員購入確認 チャージする
へルプ 初心者ガイド
歴史学で検索した結果:521件
公害問題への対応 第1項 国による公害対策の着手 公害問題は、明治初期から生じていたが、国による対策としては工場法、鉱業法によることとされた。経済成長とともに公害の発生は複雑化、大規模化していった。昭和30年代から本格的に注目されるようになった公害問題は、世界の工業国に共通の現...
社会保障制度の拡充と「福祉元年」 1、 社会保障制度拡充の背景 高度経済成長によって、第2次・第3次産業の就業人口が増加するとともに失業率が低下し、我が国に完全雇用に近い状態が出現した。これに伴って労働力不足が顕著となり、国民所得の増加とともに雇用者の賃金や農業所得が上昇した。ま...
厚生省の創設 第1項 戦時体制への移行 第2編の時期は、昭和13年厚生省創設から昭和20年ポツダム宣言の受諾までであって、昭和12年日華事変の拡大、更に太平洋戦争という戦争の時代である。 いわゆる「日華事変」前夜の状況 わが国は、昭和6年に始まった満州事変、昭和7年の満州国建...
社会保険制度の展開 国民健康保険制度の成立 昭和13年、医療費の軽減に重点を置いた「国民健康保険法」が成立する。成立した要因として、国民体位の低下に対する危機意識の高まり、兵力・労働力の涵養対策、といったことが挙げられる。 国民皆保険運動の進展 国民健康保険制度は順調に普及し...
経済基調の変化と人口高齢化 第1項 石油危機後の物価上昇と社会保険費用の拡大 昭和48年に起こった石油危機は、著しい物価上昇をもたらし、我が国をパニック状態に陥れた。この「狂乱物価」に伴って、老人、心身障害者、母子家庭、低所得者等の社会的弱者と言われる人たちに対する各種社会保...
衛生行政の展開 第1項 健康づくり・疾病予防対策の進展 第一次石油危機後、我が国経済は安定成長に移行し、過大な社会保障費用負担が懸念されるようになってきた。こうして公衆衛生分野でも従来の行政施策を踏襲するだけでなく、国民の生活環境の変化・健康観の変遷を背景とした保健需要の多様化...
緊急援護体制の整備と保健医療行政 終戦とともに緊急課題となった引揚援護であるが、その業務は、厚生省が引き受けることになり、陸海軍人軍属の復員、一般邦人の引揚、在外日本人の帰国援護の3つの分野であった。一般邦人の引揚げは、内地に全く身寄りの無い者等「無縁故者」も含んでおり、引揚後...
労働省及び社会保障制度審議会の設置 戦後の労働行政の改革は、連合国の対日政策における主要な施策のひとつであり、労働省の設置は、占領開始時からのGHQの基本方針であった。昭和20年、マッカーサー元帥は、民主化五大改革を指示したが、この中に労働組合の結成促進がうたわれていた。これを...
福祉改革の歴史的位置と性格 第1節 福祉改革の歴史的位置 1、国際社会の動向と福祉改革問題 60年代中ごろから70年代中ごろの時期、先進資本主義諸国は高度な経済成長の恩恵を享受し、社会保障、社会福祉の改善をみた。しかし、オイルショック以降の経済不況によって、福祉国家批判を機軸...
ジョン・ロックの提唱した教育論、すなわち紳士教育とは一体どのようなものであろうか。 まず、『紳士が健全な身体と道徳と知識を持っている者』であることを押さえなければならない。そしてそれを最終目標としたのが紳士教育である。ロックは紳士が『理性、宗教、良きしつけを基礎として育成さ...
わが国最初の児童救済は、聖徳太子が設けた悲田院で、孤児・捨て子の救済に当てたとされる。江戸時代には、堕胎や間引き、捨て子などが行われたが、1767年に「間引き禁止令」が出された。 明治時代に入ると、1868年「堕胎禁止令」が布告され、1871年には「棄児養育米給与方」や「三子出...
アウグスティヌスの政治思想 【歴史哲学】 アウグスティヌス=歴史哲学理論の形成に貢献した思想家の一人。 歴史哲学・・・人間の歴史をある特定の視点から通観して、その歴史に対して解釈・評価を下すこと。 アダムとイヴの神からの離反 堕罪から始まる人類の歴史の諸現象の中に...